父の引退

先週の現場打合せ、一日滞在しただけですが、すべてノーアポで、なぜかいろんな会うべき人と会って話ができた、今思い返しても不思議な一日でした。

これによって、リフォーム後の生活にも影響する、大きな決断をすることになったのでした。話をした一人は、たばこ仕入れ会社のエリアスタッフの方でした。その話を書きたいと思います。

 私の実家はタバコ屋です。祖母がお嫁に来た頃は(なのかその前なのか)酒屋もやっていた(のか酒屋だけだったのか、そもそも、タバコ屋っていつぐらいからできたのか、定かではありませんが)という話を聞いたことがあります。当時は持参した瓶に入れる量り売りだったそうです。かつては近所に点々と狭い土地(畑)があり、それはつけの支払い代わりに受け取った土地だったらしいという話も。こんな話を聞くと、「へーーー!」と興味深いものです。

 話がそれましたが、現場で打ち合わせをしていたら、たばこ仕入れ会社のこの地区を担当しているエリアスタッフの方が「家の方いらっしゃいますか?」と工事中の養生幕の隙間からのぞいてくれました。現在自販機は家の裏に保管していて工事後に設置予定であることを話し、それから工事後の自販機の設置を頼める業者を尋ねると、自販機の設置を頼める業者はもちろんあるが、数万円かかる、それから今後、たばこの値上げがあるのでそれに伴う雑務も多い、たばこも賞味期限がありできるだけ新しいものを売ってほしい(古いものは返品するなど管理が必要)、、、「これからもお父さんがされるんですよね、、、」と。

正直、売れても一日数個だろうが、父のボケ防止でできるまでやればいいと思っていました。たばこの補充とつり銭を数える仕事があることが意義があると。父は父で、現役時代から会社で働く傍ら家業のタバコ屋を祖母から引き継いでやっており、今も休業することが心苦しく(数少ない、多分二人くらいの顧客に対して)、近所にやめてしまったのではないかと思われてないかというような世間体を異常に気にするまじめな頑固爺なのです。

エリアスタッフの方から聞いてハッとしたのは、父が自販機の機械の操作を業者に頼んでいるということでした。プライドがあって子供には頼めなかったのか、、、真意はわかりませんが、とにかく、安易に考えていた「たばこやさん」は、「たばこ販売業」という一つの仕事だということに気付かされたのでした。さらに衝撃的だったのは、「常に新しいたばこを自販機に入れていてほしいから、古くなったものは返品できるからと言っても、お父さんは『返品するくらいならあげるからいい』と言うんです。」という話。

昭和7年生まれの父は、現在86歳。「暑い暑い」と文句を言いながらも、かなり遠くなった耳と膝以外は大きな問題なく過ごしています。とはいえ、面倒なことを考えるのは億劫だし、体も思うようには動きません。それと反比例して頑固度が増してるのは仕方のないことなのでしょうね。冷静になるとそう思うことができますが、融通の利かないことを言い張られると、戦いのゴングが鳴っちゃうんですよ。それはとにかく、悲しいことですが人は皆年を取り、かつて簡単にできたことが難しくなり、しかし、家族はやり続けることが老化を防ぐと思っていたけど、その域を越えてることを外の人はとうに気づいていたんですね。

以前、父にいつまでタバコ屋を続けるのか聞いたことがありました。 「俺は廃業なんて、いやなんだ。」という答えでした。
それをエリアスタッフの方に話すと、「廃業します!なんてどこにも言う必要ないですよ。」というお答え。これを聞いて、「父を説得できる!」と思いました。

まず、母に一部始終を話し、すると「私ももうやめてほしいと思っていた」と母。「リフォーム後自販機の設置はしない」ことを父に提案することに。
これ、一大仕事です。一つ間違えば、血みどろ(←大げさ)の戦いになるやもしれません。一息置いて、戦いのゴングが鳴らないように、冷静に冷静に切り出して、やはり「廃業宣言しなくていい」というところで納得したようです。不機嫌に「お前たちの好きなようにしろ。」と言って、寂しそうに自分の部屋に帰っていきました。自分が年を取って思うように動けなくなってしまった悲しさと、もしかしたら、もうやらなくていいっていうどこかホッとした気持ちもあるのかもしれません。どうなのかな。

父と自販機
まじめな父は、近所の人に不在だと思われないようにと、解体直前まで律義に店のシャッターを毎朝開けていました。膝が悪いので、かがんで力を入れて重いシャッターを上げるというのは大変なことなはずなのに、、、と思っていたら、シャッターに寄りかかるように背を向けて、シャッターの手がけに後ろ手で手を入れてちょこちょこ上げるという匠の技を持っていることを目撃した時の、これ、スクープ写真です。

 さて、数日たった今も父に精神的なダメージがないか心配は尽きませんが、思いがけなく核心をつく話ができたことが何か、不思議な力に導かれたような気もします。
リフォームをしていなければ、現状維持のまま、現役生活は続いていたのだろうと思います。それがよかったのかもしれません。でも、そうでなくてよかったと思います。壮絶な片づけも然りです。やらないほうが楽だったけど、やってよかったと思います。日々の生活は途切れることなく続くので、それを一旦区切りをつけて、長い年月の間で絡まったものを整理してシンプルにする作業って相当の強い力が必要です。家族力のない家族が、力を合わせてスタートしたのだから、ゴール目指して頑張りたいと思います。

今日は父の話でした。


やっぱり先を越されました!

あじさい

2週間ぶりに静岡に打ち合わせに行ってきました。
仮住まいのツバメの子供たちは一足?いや、二足も三足も先に、もう巣立っていました。
空の巣だけが残りました。ちょっと寂しいけれど、後に続け!といざ現場へ。

さて、間仕切壁も立ち上がっているかなとワクワクでしたが、まだそこまで進んでいませんでした。
ちょっと残念でしたが、外周部の壁に断熱施工をするために、電気配線や下地など、細かい作業が着々と行われていました。
よくよく見ると、これから立ち上げて行くための伏線のような作業が入念にされていることがわかり、じわじわと期待感がまた膨らんだのでした。

実は先週、ちょっとブルーでした。
エアコンの室外機を置くスペースが家の正面側か裏側にしか確保できないために隠蔽配管にする関係で、エアコン取付は一番最後だから急がず決めるはずが、すぐに決めてほしいという電話があり、情報のほとんど手元にない状態で判断することの苦しさを思い知らされた先週。

自分の仕事に置き換えると、今までにこういう思いをお客様にも強いていたことが思い出され、今更ながら申し訳なくでやるせない思いが。

とはいえ、施主(私)の要望で当初予定になかった断熱材の施工など工程を大きく修正せざるを得なかったことが原因なので、前向きに一つのことにこだわらず前に進もうと、気持ちを切り替えました。

さて、今回の打ち合わせでは、配線関係の確認と、部分的な造作の納まりを決めていきました。
南の道路側の母の部屋の窓は、母の要望もあり出窓にしたのですが、出窓のカウンターの出をどの程度にするか、角のアールをどの程度にするか、そんな細かいことを実際にカウンターをはめて見て、決めました。現場で見て判断できるのは本当に嬉しいですね。楽しいです!なんならずーっと現場にいて、全部チェックしたいくらいです。←嫌がられるなぁ、こんな施主(笑)。

父の部屋になる北側の部屋の掃き出し窓は、床のレベルを上げた関係で窓廻りをはつる作業が発生したのですが、これも終わって新しい断熱サッシが入っていました。50年前のアルミのサッシ(←当時は最先端だったのでしょうね、きっと)から、いまどきの仕様に。その他の窓はインナーサッシが入ることになっていますが、既存の窓の50年の歴史をひしひしと感じさせるこびりついた汚れ、これはこのままなのだろうか、、、、窓の清掃、この段階ではいってくれるのかなぁ、、、自分でやる???頑張る???とれる???なんて悶々として恐る恐る聞いてみたら、、、、「窓はインナーサッシを入れる前に、全部外して洗いますよ。網戸も張り替えます。」と大工さん。あーよかった!うれしーぃ。私って、洗ってくれるとか網戸張り替えるとか、そういうところでものすごく喜びを感じる、ハードルの高そうで低い施主なのでした。

その他、キッチンのカウンター上の棚の高さの確認や角のアールをどの程度とるかなど打ち合わせ。もちろんキッチンカウンターはまだついていないので現場でもイメージしずらいですが、ここは展開図を描いて寸法を出していたので、時間をかけて検討して展開図を描いたサマンサコーディネーターを信頼してそのまま行くことに。一人二役です(笑)。

キッチンは、当初は対面カウンターの配置でしたが、プランの打ち合わせの途中で壁に向かって作業する配置に変更しました。アイランドカウンター的な作業台を置いたほうが、訪れてくれる叔母や友人やそれからもちろん姉や私が母と一緒に、例えばムッキーを使って駿河エレガントの皮をむいてマーマレードづくりをしたりできるなぁと考えて。しかし、どうやって使い勝手のいい割安な、そして見栄えもそれほど悪くない作業カウンターを作ろうか、目下、鋭意検討中です!

IKEAのキッチンの部材を使ったらどうか?とか、収納家具の上に天板を乗せるとか、今のところまだどれも決め手に欠ける状況です。この部分もそうですが、やっていくうちに、実験住宅的な側面も出てきました。「両親が安全に快適に過ごせるように」がもちろんスタートなのですが、例えば、コンセントの高さや数は「高齢の両親がより使いやすい」って何が正解かわからないので「右へならえ」でなく、目的が決まっている箇所(掃除機の充電用とかチェストの上に置く照明スタンド用とか)は高さを指定して通常よりかなり高い位置にしたり、コードが長く横断しないようコンセントを多く配置したりというように。

リフォーム、まだ道半ばですが、「リフォームしよう」と思った頃とは明らかに向かうべきゴールが違っているように感じます。違っているというより見えてなかったものが少しづつ進むうちに視野の中に入ってきたというような感覚です。計画の全体像を最初から把握しているか否かということではなくて、踏み出したから見えるものがあるなと。これは嬉しいサプライズです。家づくりが大好きで家づくりにかかわる仕事をしているからということは大きいですが、リフォームは楽しい!何より施主って楽しいです。

こんなに要りません!

洗剤

薄々気付いていましたが、片付けの時にオッたまげたのが買い置きの洗剤類の多さ。
この写真は洗面脱衣室にあったものの一部です。
「キレイキレイ」「ファブリーズ」、売るほどありました。
見えないところに置いて、あることを忘れて新しいものを買うということの繰り返しによって、蓄財した結果です。あるいはいただいたものなどもごっそり含まれているのかもしれません。
とにかく上の写真を1チームとすると、洗面エリアに3チームほどあり、キッチンにはキッチンの洗剤チームが3チームほどあり、それ以外にも「民宿か!」っていうくらいの固形石鹸ありで、それらの洗剤チームは収納の手前からJ1,J2,J3と階級が分かれていて、もうJ3以降は長い間存在も忘れられていて解体前の片付けで数十年の眠りから覚めたのでした。

ストックをどれだけ持つかは人それぞれで、一定の量を持っていないと落ち着かない人もいれば、最小限でよい人も。私は圧倒的に後者で、消耗品はきっちり使い切ってなくなることが喜びなので、なんならストックはいらない、なくなってから買えばいい的ルーズ人間。だからわたしにとって、実家の蓄財量はイライラの元。といっても、私が住んでいるわけではないのでやりたいようにしてくれていいのですが、しかし、あることに気づかず買い続けていることは明らかなので、「洗剤の買い置きが一目でわかるように絶対する!」というのがリフォームの隠れたテーマの一つでした。

収納するスペースはただあればいいっていうことではないということを、あ~、こんなに強烈に思い知らせてくれて、ありがとう!
自分自身に置き換えても、どこにしまったかわからなくて探し物をすることってホントに「あるある」なので、分からなくならないようにとにかくストックのすべてが見えるようにしたいと強く思います。(常識的なストック量にして)

かつて、アメリカにホームステイした時に、地下のガレージの横に小さめの部屋があり、電球、洗剤、工具などが棚に一目瞭然に並んでいるのを見て驚きと共になんだかすごく嬉しくなったことを思い出しました。こんなお店みたいな部屋があってなんて暮らしやすいんだろうと。

そんなストックルームは作れないけれど、何がどこにあるかわかるよう、できるだけオープンな収納にしようと思います。でもそうすると、雑然とした部屋になっちゃいます。でも、ある程度それはそれで良しとしようと思っています。身の回りのものは自分の把握できる物量にして、それらは一目でわかるように。言うは易し、行うは難しですが、「わかりやすい家」を目標に。
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サマンサ@インテリアクラブ

Author:サマンサ@インテリアクラブ
全国津々浦々飛び回っているインテリアコーディネーターのサマンサです。

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