捨てなくてよかったもの

先日実家に帰った時のお話です。
母を見舞いに、両親の知り合いのご夫婦が家に来てくださいました。
実は両親が仲人をしたという関係で、久々に話し相手が訪れてくれて父も楽しそうでした。

その名前を聞いて、『あっ!』と、そそくさと私は2階へ。

実はずーっと子供の頃から2階の和室に飾られていた皿があり、春の『平成最後のおお片付けプロジェクト』の際に、これはもう処分しようと陶器の処分コーナーに仮置き状態でした。なぜ処分と判断したかというと、皿の裏にマジック書きの父の字で「○○君新婚旅行お土産」と書いてあったから。失礼ながら、その程度のものかと思った次第で、でも、それから不燃物を捨てるチャンスがなく、そのままになっていました。

はい、勘のいい方はもうお分かりですね?
家に来てくださっているのが、そのお土産をくださったごご夫婦だったんです。

おもむろに「これ、わかりますか?」とお皿をお二人の前に。

「あれ~、これってもしかして!」というタイミングでお皿を裏返し。

「あっ、やっぱり。まだ持っていてくれたんですか!?」とご主人。
だって、かれこれ多分50年くらい前の話です。

『ギリギリセーフで!』 と私の心の声

それからしばし、貝で松を描いた皿の話で盛り上がったのでした。

というわけで、戦力外通告を受けたはずが連絡ミスで除籍されないまま試合に出たらヒットを打っちゃったみたいな経緯で、みごと玄関の今月のディスプレイの大役を担うことと相成りました。

20198玄関1

お盆を前に、母が作ったほうずきがあったので、これを竹に吊るしてお盆的ディスプレイも。出来はどうあれ、やっぱり季節の演出、楽しいです。
20198玄関2

本にしました!

久々の更新です!

一年前はリフォーム真っ盛りの夏でした。

今年母が体調を崩し、誰もが言うのが「リフォームしといてよかったね!」。
親戚の叔父さん叔母さんや、近所のおじさんおばさん、母の友人、はたまたそんなによく知らない近隣のおばさんにも言われます。

体調を崩した母はもちろん、実家に帰ることが多くなった姉や私にとって、「リフォーム前」の状態で生活することは想像しがたい!というか、つらすぎる!というか、「無理!!」。
それからもし、去年やっていなかったら母が体調を崩した今年はとてもそんなことはできないだろうし、ほんとにぎりぎりセーフのタイミングでリフォームのゴールのテープを切ったのかもしれません。

最近20年ぶりくらいに高校時代の友人と再会しました。そのきっかけが、彼女の家のリフォームでした。
私がこんな仕事をしていたことを思い出してくれて実家に電話をくれて、たまたま実家にかえっていた私がその電話をとりました。
「今時、高校時代の友人ですが連絡先を教えてくださいって言っても怪しいよね。ダメもとでかけたんだよ~」と友人。
友人がメーカー選びで悩んでいるのを聞いて、『ああ、わたしもこうだった!どこに頼めばいいのか、スタートするまでが大変だったなぁ』と思い出しました。でも、やるべき時にリフォームするってほんとに毎日の生活が根底から改善されるので、絶対に諦めないでいいリフォームをしてほしいと思っています。それで、なんとか手助けしたいけど、施工者でも住宅設備の会社でもない私って、無力なんだなぁ情けないけど。

と話はそれましたが、実家のリフォームについて書いたブログを一冊の本にまとめました。
ブログソフトに「書籍化」のツールがあって、意外なほど簡単にそれからマッハのスピードで製本が届きました。
なかなかの読み応えです(笑)。
一冊のみですが、興味のある方いらっしゃいましたら貸し出ししますよ。

「下ノ畑ニ居ります 賢治」 賢治さん、母は2階です。

片付けのついでに、階段の安全性を高めるためにホームセンターで買った「スベラーズ(川口技研)」という階段のすべり止めを取り付けました。接着テープが付いているので裏紙をはがして貼るだけです。

階段の滑り止め

これ、たいして期待していなかったけど(失礼ながら)、貼ってみたらめちゃくちゃヒットでした。ちょっとクッション性もあって、階段を降りるときに滑りそうな不安感が払拭されました。足元が安定します。色はこげ茶もありましたが、段差をしっかり目視できるようにあえてベージュ色を貼りました。
 ちなみにセットで販売していたものを買ったのですが、一段分足りず、その分は必要枚数の追加販売可能で、切手で代金を郵送したらあっという間に送ってくれました。

この階段を、リフォーム前は心臓に持病のある母と膝の悪い父が毎日昇り降りしていました。それが運動になっていたということも言えますが、何事もなく一階寝室に移行できてなによりでした。今、父は2階へいくことはまずなく、母はたまに探し物に行く程度。母がいないと大きな声で「2階にいるのかー?」と叫ぶ父。これ、困るんですよね、何か作業をしているときはすぐには立って動けないこともあり、どんなに大きな声で返事しても聞こえないので。

母の趣味スペースを、道具も材料も完備したものが一階にできればよかったのですが、それは叶わずでした。一階に頻繁に使うものは置きましたが、どっぷり手芸を楽しむのは2階にとなりました。そうなると呼ばれるたびにいちいち階段まで行くのは面倒なので呼ばれない対策を練りました。私の知識と能力を最大限発揮して作成した対策看板がこれ!↓

2階にいます

活用されるのか疑問ですが、シンプルでわかりやすいです(笑)。ちなみに「2階」という部分は、「畑」「蔵」など他のバージョンも完備です。

それから、昨晩姉から最後の仕事が終わったと連絡がありました。
実は私が帰った後も、コツコツとこの作業をしてくれていました。
それは障子張りです。

父が寝室として使っていた時に、信じられない話ですが、「外が見えない」と穴をあけたようです。障子が破れた光景は、荒廃した感満載でした。まぁ、その部屋に畳が見えないくらいものが置かれていたのですから荒廃もなにもないのですが。

障子

それがどうでしょう!この整然とした姿!感動です。
眩しすぎるよ、この写真!

「一階だけ快適に」を合言葉に実行したリフォームが、2階もこんなにきれいに片付けるモチベーションをくれました。
リフォームの威力、計り知れません!




主役は母とトマトを食べた顔

半年前にリフォームを終えてから、やりたかったけどいまだ手つかず状態のものがありました。
時間の余裕がないとできないので、今回ついに実行できました。

まずその1は照明のスイッチのラベリング。
家にあるシールに場所の名前をマジックで書いて貼っただけですが、ずいぶんわかりやすくなりました。
明るければ物が見やすいので照明は潤沢に付けましたが、スイッチがよくわからず活用されていませんでした。

スイッチのラベル


その2は家族の写真コーナーづくり。
フレームは前々から用意していましたが、やっと日の目を見ました。

写真

母が結婚前に父の母親(私の祖母)からもらったという着物を着て写真館でとった写真をメインに、懐かしの家族の写真を適当にピックアップして見られるようにしました。びっくりするほどきれいな母の写真がメインです。
でもここ、実はトイレです(笑)。

トイレの写真

その3も壁面装飾。廊下にニッチ上に作りこんだスペースがあり、ここにもなにか家族が目にして楽しいものを飾りたいと思っていましたが、片付けで「これだ!」というものが出てきました。
額装品の用意はなかったので、100均で調達(300円だけど)。
じゃーん!

トマトを食べた顔

姉の小2の時の「トマトをたべたかお」という作品。ほっぺたがトマト色で、一目見ただけで笑顔になれる傑作です。

これ以外にももう一つ。片付けの発掘品。

父の時刻表

父が小学生の時に鉛筆で書いた国鉄の時刻表。

これで一通り、私の役目は終わりました。

リフォームを終えたら、実家に対する思いが180度変わりました。ビフォーはなるべく短時間で立ち去りたい家でした。アフターは、帰りたい家になりました。しかし、両親が安全に暮らすことができればよいはずが、できればこの新品のきれいさ快適さを保ってほしいと欲が出て、帰ると小姑のように掃除をせずにはいられない自分がいました。
私が帰省すると多少なりとも両親に緊張感が走っているの、わかりますから(笑)。
でも、今回の帰省で私の思いがかえって両親の暮らしやすさを邪魔していることに気づきました。というより、わかっていたけど自分の思いの方を優先したい気持ちの方が強かったのだろうな、申し訳ないけど。リフォームに対する思いが強いが故、手放すことができずにいましたが、ここは両親の家でした。多少汚れても、片付いていなくても、やりたいように暮らせることが一番で、二人になるべく長く自立した楽しい日々を過ごしてほしいというのが最優先事項でした。

ふと、自分の仕事と同じだなぁと思いました。物件に対する思いが強いほど、終わっても自分のもののように引きずってしまう。ある時からスパッと切り替えができるようになりましたが、実家ですからねぇ、久々に半端なく引きづりました。両親なので、容赦なく引きずり回してしまった。リフォームしてこんな気持ちになるというのもやって分かったことで貴重な経験をさせていただきました。

家族の思い出を形にすること、母の作品を飾って楽しむこと、これがとりあえずできて、リフォームが終わったような気がします。一緒にチョモランマ登山に臨んだ姉の存在も大きかった。しんどいくらい大変だったけど、相談しながら愚痴を言いながら笑い飛ばして乗り切りました。最高に楽しかったな。そんな過程があったから、気持ちの整理ができたのだと思います。

あっ、終わったといっても、「シャッターのロックが解除できない!」なんて叫び声が直後に聞こえたりするんですけどね。
そういう意味では終わりなき物語です。

母の彩り豊かな人生

2階の二間を埋め尽くしていた荷物、相当量を処分して、何とか既存の収納と箪笥に納まる物量になりました。

『どうやって整理したらいいのだろうか?』と着手前には悶々としていた大片付けですが、始めてみたら、首を洗って待っていた母の、あるいは開き直った母の、「とっておきたいだけ」は捨てる!という決断力によって、大幅に物量を減らすことができました。
この片付けは、思いがけず母のバラエティーに富んだ人生を3人で振り返ることでもありました。

手先の器用な母は、編み物、織物、洋裁、手芸、かごを編む籐工芸と、年代によって移り変わりながらもかなりの作品を作ってきました。子供のころの『よそ行き』(お出かけ用洋服)はすべて母の手作りだったし、ニットものもしかり。最近は古布を使った洋服や和小物づくりを楽しんでいます。帰省した際に母の作った新作を見るのが楽しみで、それらを簡単にもらっちゃえるのが娘の特権です。
 
 しかし、それだけではなかったのです。かなりのアウトドア系グッズ。ポンチョ、リュックカバー、釣り人がきてるようなポケットの沢山あるベスト、バッグ類、その他ウェア多数、、、。そういえば、毎年50キロハイキングに参加してました。その「踏破証」まで発掘(笑)。
植物にも興味を持って、野草を押し花にしてたりも。その押し花作りのツールが出てきたり。

町の歴史を学ぶ会にも入っていたので、会のイベントでつくった手芸品や資料なノートの類もたくさんありました。

箱や袋を開けるたび、母の80年の人生のバラエティーに富んだアイテムたちが長い眠りから覚めたように出てきました。

もうその物量の多さにやっきりしながらも(注:静岡弁でやんなっちゃいながらも)、母の飽くなき探求心に驚きと尊敬の念を抱かずにはいられない娘たちなのでした。
なんてかっこいいことを書きましたが、その片付けの真っ最中に姉と話していたのは、「お母さんが生きてるうちにこれやってよかったね。死んでたら頭にきてたよね!」

元気でまだまだ手芸を楽しんでもらいたいからこんなに大変な片づけをやっているわけで、もし、いなくなってしまったあと膨大な荷物を残されてそれを片づけるのは辛いしハードすぎると心底思いました。
 しかし、この片付けが本当に母にとって嬉しいことなのかは半分イエスで半分はノーなのかもしれません。できればそのままにしてほしかったのだろうなと。

二人の娘が帰省して怒涛のように家の片づけをする、それも自分のものの。嬉しい反面半端ないプレッシャーと肉体労働。母は「疲れてない?」と聞くと、「大丈夫だよ!」と毎日元気です。ホントは疲れてるんだろうな。

そんなことを感じながらも、なんとか2階の片付け、完了しました。
母のWICは若干部屋の真ん中に衣装ケースが3個ほど出ていますが、なんとか物が収まりました。
8畳間はすっきりと布団が二枚余裕で引くことができる客間になりました。
きれいに掃除機をかけて、今回のミッションクリアです!
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サマンサ@インテリアクラブ

Author:サマンサ@インテリアクラブ
全国津々浦々飛び回っているインテリアコーディネーターのサマンサです。

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